「ちゅらさん」を見て、念願の沖縄県の竹富町に行ってきました。ここでは観光してきた島々と、竹富町の特徴を思い出と共に記していきますね。
この前、沖縄県の竹富町に行ってきました。「ちゅらさん」を見て、行ってみたいと思っていたので、念願かなっての旅行となりました。
行って良かったですよ。沖縄の良いところを凝縮したようなところで、とっても満足してきました。もう帰りたくない!って思ったぐらいです。
竹富町は、琉球列島の最南端八重山諸島に属する、9つの有人島と7つの無人島からなる島嶼の町で、東西約42km、南北40kmの広範囲に及びます。
自然も豊かで、町ものどか、見える景色は日本のごちゃごちゃとした街並みとは全く違う、そのまま溶け込めるようなぬくもりがありました。
ここでは観光してきた島々と、竹富町の特徴を思い出と共に記していきますね。
竹富町(たけとみちょう)は、沖縄県八重山郡の町。
八重山諸島のうち、西表島・竹富島・小浜島・黒島・波照間島・鳩間島・新城島・由布島の有人島と、その周囲にある仲の神島などの無人島からなる(石垣島・与那国島・尖閣諸島は含まない)。
町役場は町外の石垣島(石垣市)にある。町内の各島への航路は基本的に石垣島を起点としており、各島間を相互に連絡する航路はほとんどないためである。役場がその町村の区域外に位置する町村は、竹富町以外には鹿児島県の十島村・三島村の2村しかない。
おもに石垣港から各島へ、高速旅客船や貨客船(フェリー)が就航している。 また、西表島の他の地域と道路で繋がっていない船浮集落へは、白浜港から船便(船浮海運)がある。
マリユドゥの滝は、西表島の浦内川にある滝。マリユドゥは「丸い淀」のことで、円形の滝壺をもつことからこの名を得たとされる。マリュドゥの滝、マリュドウの滝、マリユドウの滝などさまざまに表記されることが少なくないが、“Mari yudu”のように発音するのが現地の音に近い発音である。落差はそれほど大きくないが2段に分かれていて、水量も豊富で日本の滝100選に選ばれている。西表島の他の滝と同様、崖は砂岩層である。上流250mほどの所にカンピレーの滝がある。周辺の岸壁には特有の植物が多い。
西表島温泉は、沖縄県八重山郡竹富町高那にある温泉。日本最西・最南に位置する温泉である。西表温泉と表記されることもある。
西桟橋は、沖縄県八重山郡竹富町字竹富地先にある桟橋である。2005年(平成17年)12月26日に国の登録有形文化財に登録されている。
竹富島の西岸に位置する。
1938年(昭和13年)に建設された竹富島で最初の近代的桟橋で、延長105.3m、幅員4.38m。石灰岩を乱積して、両側面をコンクリート壁としている。先端部分は、干潮時にも使用できるように幅の広い斜路上に形成されている。
竹富島には農耕地が少なかったため、かつては西表島に水田を作って、耕作のために船で通っていた。西桟橋はそのための港として整備されたものである。行政の支援がほとんどなかったため、住民の労力供出によって建設されたと伝えられる。
1971年頃まで使用されていたが、現在は桟橋としては使用されておらず、現在では夕陽を眺望する名所として知られている。
なごみの塔は、沖縄県八重山郡竹富町字竹富(竹富島)にある。放送台として建立されたが、現在では展望塔として多くの観光客が足を運ぶ観光スポットである。2006年(平成18年)3月27日に国の登録有形文化財に登録されている。
竹富島の玻座間集落のほぼ中心にある赤山公園の中の高さ約6mの丘の上に築かれた塔で、塔自体の高さは4.5m。
1953年(昭和28年)に西部落の有志によって買い取った赤山周辺が公園化された際に、西部落の住民総出で建てられた鉄筋コンクリート構造の塔で、頂上の展望台までは8段の階段を上らなければならない。階段は、幅約45cm、奥行き約16cmで、段差が約35cmと高く、斜度が約60度もある急なもので、ひとりずつしか昇り降りすることはできない。また、展望台部分も狭く、成人2人分程度のスペースしかない。
隆起珊瑚礁でできた全体が平坦な島の中で、最も高い場所のひとつであり(厳密な最高地点はンブフルとされる)、重要伝統的建造物群保存地区に選定された集落の赤瓦の家並みを一望する絶好の場所として観光名所となっている。
なお、赤山は、平家の落人で、竹富島に流れ着いた赤山王の居城跡であるとの言い伝えがある。
伊古桟橋は、沖縄県八重山郡竹富町字黒島地先にある桟橋である。2005年(平成17年)12月26日に国の登録有形文化財に登録されている。 伊古集落から近い黒島の北岸で、現在の黒島港より東寄りに位置する。
最初の桟橋は、1924年(大正13年)に建設された木造の桟橋だったが、1933年(昭和8年)に台風で破壊され、1935年(昭和10年)に現存する桟橋が建設された。延長354m、幅員4.25m、高さ1.8nで、石積造及びコンクリート造で表面はモルタル塗とされている。
先端部分には4本の係船柱と荷置き場、荷揚げ場があり、かつては漁業に使用されていた。現在は桟橋としては使用されておらず、桟橋の途中に台風などによる2箇所の崩落箇所がある。